【映画】『クソ野郎と美しき世界』を観た感想。

3月は一度もblogを書かずに終わってしまいました。
いずみです。
皆さんいかがお過ごしですか。

今日は、新しい地図の映画『クソ野郎と美しき世界』の感想を書きたいと思います。
この感想は、映画の内容に触れていますので、
ネタバレを避けたい方は読まないでください。

結論としては、面白かったです!

私はニワカファン

見に行った私は、SMAPのコンサートなどに
全然行ったことのないニワカファン。。

一人暮らししていた頃に、YoutubeでSMAPの動画を見るのにはまり、
お茶の間ファンと化したのが、解散報道の半年くらい前でした。
そこから、ジェットコースターのような一連の出来事に
日本に住むそれぞれの人が、SMAPと、
SMAPがくれたTVのエンターテイメントを考えたと思う。
そして、その後のつよぽんのドラマ『嘘の戦争』にめちゃくちゃはまり、
新しい地図にも入会し現在に至ります。

なので、ファンの方に比べたら、彼らのことを何も知らないも同然です。
ちなみに私は5人のなかで特に、中居くんと吾郎ちゃんが好き。
一緒に見に行ったママは、特に木村くんとつよぽんが好き。

感想

面白かった!
普通に面白くて安心して見れました。
見る前は、内容というよりイベント的な映画かもしれないな、
と少し不安もあったのですが、そんな事なかった。
良い映画でした。

私が一番好きだったのは、『慎吾ちゃんと歌喰いの巻』。
ママはつよぽんが好きだから、ずっと『光へ、航る』の話をしていた。
このように、きっとそれぞれ響くところの違う映画だったと思います。
でも、フィナーレの短編が良かった、というのは一致した意見だった。

逆に、吾郎ちゃんの『ピアニストを撃つな!』だけ
ストーリーが全然なくて退屈した。
たぶん、私は園子音監督が嫌いなんだと思う。他の作品は見たことないけど。
(でも、好意的に考えると、
内容無いけど『ピアニストを撃つな!』で始まってなかったら、
『新しい詩』のあの、ストーリーが無くて狂乱だけあるような
映像で終わる映画は成り立たなかったかもしれない。)

私は、むしろ太田の初監督作をなんとなく不安に思っていたんだけど、
(つよぽんが、脚本を読んで一回断ったとか言ってたから)
きちんとオチのあるすごく良い話でした。泣けた。
「女はねぇ、子宮でわかんのよ」みたいな台詞にドン引きしてたら、
全然わかってなかったってオチがすぐついて良かったし、笑った。

慎吾ちゃんと歌喰いの巻

『慎吾ちゃんと歌喰いの巻』は、
自分が誰かの表現である芸術を愛していることを
しみじみと泣ける話でした。

歌喰いに歌を喰われちゃった尾崎…尾乃崎清彦が、
歌えないことを苦に死のうとするのを
マネージャーが泣いて止めるシーンがあるんだけど、
それが、なんか泣いちゃった。

慎吾の役も現実にリンクしたような、元歌手(アイドル?)の芸術家で。
尾の崎さんは、みんなに愛されてる歌を歌えなくなってしまった歌手。
歌えないのは歌手本人からしたら、死ぬほどつらい事なのだろう。
でもマネージャーさんが止めるように、「歌えないのはその曲だけ」だし、
死ぬほどつらくたって生きてて良いじゃんって思う事ができた。
新しい地図を見守る自分たちと、状況がリンクした感じ。完全に、ではないけど。
3人に関して言えば、彼らが愛されているのは、
彼らが「あの歌」を歌うから、ではないわけで。
だから、歌えなくたってなんにもだめじゃないし、
むしろステージに立っていてほしいのだ、という事を改めて思いました。

歌っていう芸術で表現する人と、
それを愛する人、それでしか空腹を満たせない人(歌喰い)が出てくる。
みんな切ない。
でも、歌喰いは歌しか食べられないと思ったけど、慎吾の描く絵も食べられた。
そしてうんこもカラフルになる。
なんか、美しい展開で、心が温かくなって、好きでした。
歌を取り戻して、ハッピーエンドだしね。

新しい詩

そして最後の『新しい詩』
慎吾の歌が本当にミュージカルスターって感じで好きでした。
でも、「クソ野郎どもの未来はこれからだ、
ここで終わると思うなよ」って感じで終わるので、
もっともっと3人の歌がききたいって思いながら終わってしまう。
(「途中なのに」「まだあるはずなのに」と思わせるのは、
演出の思惑通りだと思うけど)

白塗りの男の人とか、『Cabaret』(キャバレー)のオマージュだと思ったけど、
見てる時はなぜそうなっているのか分からなかった。
でも、この記事を書こうと思っていろいろ考えると、
この短編とCabaretにはつながりがあるのかなと考えた。
(私は2015年にブロードウェイで見て、その後映画版も見た、結構好きな作品だ。)

考えてみるとCabaretって、登場人物だいたいクソ野郎と言って良いし、
「それでも人生なんてキャバレー 楽しむほかない」っていうのが表題曲だ。
更に言えば、そのキャバレーは作品の中で
「We have no troubles here. Here, life is beautiful. The girls are beautiful… even the orchestra is beautiful!」
(ここには心配ごとなんてない。ここでは、人生は美しい。女の子も美しい。オーケストラですら美しい!)
という場所であるわけで。

「オーケストラですら美しい」 キャバレーの中だからこそ、
(映画の中でKUSO UNIVERSEという非現実的なクラブみたいな場所)
吾郎さんの指は無事で、愛をうたうことができたり、
慎吾がミュージカルスターみたいに歌ったり、
やくざなつよぽんが光ちゃんを救えた理由が分かったりして、
それはそれは、カタルシスを感じられる素敵な場面だったけれども、
そんなの現実ではありえないからこそのあの狂乱である、とも解釈できるのかもしれない。
Cabaretのショーは現実を忘れるためだからこそ強く輝くし、
だからこそサリー・ボウルズの歌は鬼気迫るものになるし。
つまり、クソな現実に対して、現実逃避が勝つたった一瞬のきらめきと狂乱を切り取ったのが
あの短編だという見方もできるのかもしれない。
最後の神様みたいなナレーションも、クソ野郎どもの続きはこれからだぜ!みたいな感じだし、
『新しい詩』が、3人がぶつかりそうなところで終わるのは、
彼らの人生が、Cabaretを出て現実で続くんだよ…って意味なのかなぁと考えた。

そして、3人が歌うのかも…!?ぶつかるのかも…!?と思わせて短編が終わったあとの、
意味深な歌。ちょっと泣きそうになった。
一回しか見てないから、ちゃんと覚えてないんだけど
「世界が終わる日に、人は愛する電話をかけるんだってさ
そういう素敵な映画を見たよ
そういう映画を見てる時に 君が電話をくれたんだね
もし 君が愛する人に電話をくれたんなら
今日 世界が終わる日なのかな」
みたいな歌詞で。
Cabaretの話みたいにうまく考察できないけど、なんか胸がざわざわした。
ムック本も買ったんだけど、監督が「本編はエンドロールから始まる」みたいな事を言っていたので、
主題はこの歌なのかもしれない。よく分からないけど。

以上、まとまりがないですが、感想でした。
最後までお読みいただきありがとうございました。

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